「先生、トイレ行っていいですか?」 生徒には笑顔で「行ってきなさい」と言えるのに、自分は行けない。それが教員という仕事です。
教員時代の私は、それが「当たり前」だと思っていました。 給食は5分で飲み込み、休日は部活の遠征で潰れ、平日の夜は持ち帰り残業…。 「子供たちのため」という美しい言葉のマジックにかかり、自分の身体と心が悲鳴を上げていることに気づかないフリをしていました。
しかし、一般企業に転職して、その感覚がいかに異常だったかを痛感しました。 今回は、外の世界に出て初めて知った、「人間らしい生活(QOL)」の激変ぶりをランキング形式で紹介します。
今、職員室でこの記事を読んでいる先生。 外の世界には、こんな「当たり前の幸せ」が待っています。
第5位:電話が鳴らない休日
【教員時代】 土日の朝、スマホが震えるたびに心臓が止まりそうになりませんでしたか? 「部活の試合会場でのトラブル」「保護者からのクレーム」「生徒の補導連絡」。 休日は「休み」ではなく、「いつ呼び出されるか分からない待機時間」でした。この土日、振替出勤でも残業でも何でもありません。ほんのり手当(昼食代くらいだとお考え下さい)はあるものの、特に振替休日などはありません。
【転職後】 会社のPCや携帯は、金曜日の退社時にデスクに置いて帰ります。 そもそも週5を超えて働いたら振替休日があるのが当たり前なのです。家族と丸1日一緒にいられるのが週1以下ということが異常です。オンとオフをしっかり切り替え、成果を出すことが一般企業での責務です。
第4位:生理的欲求(トイレ)の自由
【教員時代】 これは笑い話ではありません。教員にとって、トイレは「戦い」です。 授業と授業の間の10分休みは、生徒対応や教室移動で消えます。 「次の空きコマまで2時間我慢しよう」 そうやって膀胱をコントロールする謎のスキルが身についた結果、私は慢性的な膀胱炎に悩まされていました。
【転職後】 今のオフィスでは、自分のタイミングで席を立ち、「ちょっとお手洗い行ってきます」と言えばそれで終わりです。(何なら特に告げずトイレに立ちます) 誰も止めませんし、誰も気にしません。 自分の身体の調子に合わせて、当たり前にトイレに行ける。水分を我慢しなくていい。 この「人権が守られている感覚」に、最初は涙が出そうになりました。
第3位:優雅すぎる「1時間のランチタイム」
【教員時代】 給食指導は「食事」ではありません。「業務」です。 配膳を見守り、アレルギー対応を確認し、おかわり戦争を仲裁し、黙食を指導する。 その合間に、自分の給食を5分で流し込む。 味わう暇なんてありません。「栄養を摂取する作業」です。※名残で、私は朝食をいまだに完全栄養食にしています。
【転職後】 今の会社では、1時間は「完全に自由な時間」です。 PCを閉じ、同僚と外にランチに行ったり、早めに食べる日は少し仮眠もできます。 「今日はパスタにしようか、和食にしようか」と悩み、店に入り、温かい料理をゆっくり噛んで味わう。 食後にコーヒーを飲む時間さえあります。 「昼休みって、本当に休んでいいんだ…」 転職初日、外の空気を吸いながら食べたランチの味は一生忘れないでしょう。
第2位:定時退社後の「夕食作り」
【教員時代】 17時は定時ですが、そこからが「部活動」という名の本番でした。 生徒を下校させ、会議をし、明日の授業準備をして、学校を出るのは21時過ぎ。 帰宅してからは、コンビニ弁当やスーパーの半額惣菜を食べるだけ。 「自炊? 何それ美味しいの?」という状態でした。
【転職後】 繁忙を除き、18時すぎには退社できます。 まだ外が明るい時間に帰路につき、スーパーで新鮮な食材を選んで帰る。 家に着いて、包丁を握り、ゆっくりと夕食を作る。 家族と食卓を囲み、「今日こんなことがあってね」と会話しながら食べる。 そんな「人間らしい夜の過ごし方」を取り戻した時、私は本当の意味で「生き返った」と感じました。
第1位:翌日の授業準備がない「脳のリセット」
【教員時代】 これが最大のストレスでした。 布団に入っても、「明日の1時間目の導入、どうしよう」「あの生徒の件、どう対応しよう」と、脳がずっと学校にいました。 夢の中でも授業をしていて、飛び起きることもありました。 「仕事が終わる」という感覚が、24時間365日、一度もなかったのです。極端に思われるかもしれませんが、事実として年末年始も教材研究をやっていました。
【転職後】 「今日のタスクは完了。続きはまた明日」 PCをシャットダウンした瞬間、仕事脳もオフになります。 明日のことは明日考えればいい。今日の夜は、私のもの。 この「脳のリセット」ができるようになったことで、不眠も頭痛も嘘のように消えました。 仕事とプライベートの境界線があること。これこそが、私が求めていた「安定」の正体でした。
まとめ:その「自己犠牲」は、本当に必要ですか?
教員という仕事は尊いです。やりがいもあります。 でも、その対価として、あなたの「健康」や「家族との時間」、「人間らしい生活」を差し出し続ける必要はあるのでしょうか?
私は、教員を辞めて「逃げた」のではなく、自分の人生を「取り戻しに」行きました。 もし今、あなたが限界を感じているなら、外の世界を少しだけ覗いてみてください。 そこには、あなたが忘れていた「当たり前の幸せ」が待っています。
【追伸】 私がこの生活を手に入れるために使ったのは、以下の2つのエージェントだけです。 まずは相談して、「外の世界」の地図を手に入れてみてください。

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